マインド

真の自由とは何か?自由とは不自由である意味

オンラインビジネスラボの森です。今日は「自由」について書きます。

このオンラインビジネスラボのテーマは「自由と自立」です。なぜ自由だけではなく自立もセットにしているのか?それには理由があります。

僕が起業した理由も「自由」がほしかったからです。とにかく自由になりたかった。会社の仕事、人間関係、すべてから開放されたいと思っていました。

それはおそらく、わりと会社員時代はブラックな会社に務めていたからで、(笑)そして、20代で2回の倒産を経験したことも大きいです。

最初に勤めた会社は社員が2,000人いる大手の金融会社でした。とは言っても超ブラック企業で、朝7時から夜23時まで仕事のハードな仕事です。次の広告代理店は社員数名の超ベンチャーでした。

大手とベンチャーのどちらも経験できたことは大きかったですが、でもどちらもまさかの倒産・・。金融会社はリーマンショックが直撃して、ベンチャーの方は社長が会社のお金をおuryof..(おっと手が滑りました)

まぁ、そんなところです。大手でもベンチャーでも会社が飛ぶ時は飛ぶ。それを身をもって体感できました。

自由とは何か?

僕は定義を大事にします。「自由」なんてフワフワした言葉には特に定義が大事で、僕にとっての自由とは、「いつ、どこにいても、自分の手でお金を稼ぎ、何にも依存せず生きていける状態」を自由と思っています。

「自由になりたい」

これまでに何万回聞いたか分からないこの言葉。僕も会社員時代はよく思っていました。でも、その真の意味を理解できるようになったのは最近のことです。

僕が思うに、多くの人が考える自由は、自由ではありません。

なので、どれだけ自由になりたいと思っても、自由になれません。

なぜなら、その自由とはただの現実逃避だからです。

自由になりたいという人に、なぜ自由になりたいのですか?と聞くと、大抵は「会社がイヤだ」とか「本当にやりたいことと違う」とか「人間関係がイヤ」みたいな言葉が返ってきます。

それはつまり、今の現実がイヤで、満足できてないわけです。なので逃げ出したいと思っているわけで、つまりそれは現実逃避です。

そして、この現実逃避の先に自由はありません。僕が思うに、自由とは、どれだけ現実と向き合うか?にあります。

自由とは不自由である理由

たとえば、会社を辞めます。一見、これは自由に思えます。でも、会社をやめたらただのフリーターです。社会的な信用はゼロになり、家を借りることもできません。クレジットカードも持てません。

お金を借りることもできなければ、仕事をする上で信用もなくなります。これって、、、自由ですか?僕はそう思えません。

表面的には自由ですが、僕には不自由に思えます。なにせ実際、僕がそうでしたから、、2回の倒産を経験して自分でビジネスをはじめましたが、何のスキルも実績もない“起業家という名のフリーター”を信用してくれる人はいません。

その反対に、会社にいるのは不自由か?僕はそう思いません。

なぜなら、会社のお金を使って仕事ができます。会社の信用で家も借りられ、クレジットカードも作れます。見方を変えればこれほど自由になれるものはありません。

自由と責任はセット

自由を考える上でセットで考えなければいけないのは責任です。ルールなき自由は崩壊の始まりです。会社で自由にしていいよと言われても、仕事は放棄するし納期は守らないし、結果にコミットできなければ、会社は崩壊します。

起業すれば時間や働く場所の自由はできます。いつどこで誰と何をしていても怒られません。でも、売上がなければ食べていけません。売上がない起業家はフリーターと同じです。

僕の会社でも、これまで試験的に色んな働き方を導入してきました。シフト制にしたり定時出社にしたり、最近はフレックスにしようと思っています。一日のコアタイムだけ決めてあとは自由です。

でも、自由と責任はセットなので、自分の頭で働く時間を決めて、納期やスケジュール管理をして、その上で結果にもコミットして、他のチームメンバーとプロジェクトを進めていければいけません。

これもあたらしいチャレンジですが、自由とはこれらの現実と向き合った先にあるものなのです。

現実逃避vs現実直視

自由とは現実から逃げることではありません。イヤな仕事やイヤな人間関係から逃げる先に自由があるわけではないのです。9割の人が自由になれないのは、その自由は現実逃避だからです。

でも1割の人が真の自由になれるのはなぜか?それは現実と向き合っているからです。自分の中で「自由像」があり、その自由を直視して、実現にむかって突き進んでいるのです。

僕がオンラインビジネスラボのテーマを自由と自立にしているのも、こうした理由があります。自由になるということは、自分の人生に責任を持つということです。

自立なき自由は、自由ではありません。自立した先にしか、自由はありません。では、どうすれば自立できるのか?

それが昨日の記事にも書いた、「価値」のある人間になることです。価値とは何か?それが技か数です。このどちらかを持てるようになれた時、真の自立ができます。

個人の時代の真実

これからは「個人の時代」と色んなところで言われます。確かにそれはそうです。インターネットやSNS、スマートフォンが誕生したことで個人の時代になりました。

芸能界を見ても分かるように、今やYouTubeで発信してる方が、テレビに出るよりも稼げます。変なしがらみもないので、自由きままにやってます。

一般の社会でもそうです。普通の個人でもインフルエンサーになって活躍したり、最近は中学生でも何百万円も収入を得る人も出てきました。

このようなニュースを見る度に、個人の時代だよなと思いますが、でも個人の時代とは、すべての個人が豊かになるわけではありません。

個人の時代の本質は、一部の個人に富が集中するのです。なぜなら、自由になんでもできるようになった時代になれば、それはみんな平等に同じステージで勝負するからです。

個人の時代とは、実は一見すると自由に思えますが、一部の価値ある人にとっては自由ですが、その他の多くの人にとっては不自由な時代になります。

両者をわけるのは価値があるかどうか?です。価値ある人は自由の道がひらけます。でも価値がなければ、今より不自由な未来が待っているということです。

国も会社も、誰も助けてくれないと考えて、己を道を自ら進んでいきましょう。自由とは、現実と向き合った先にあります。

このオンラインビジネスラボは、その自由を実現するためのスキルを学ぶ場所として様々な情報を提供していきますので、一緒に成長していきましょう!

ABOUT ME
森公平
オンラインビジネスラボ代表。 年間10カ国を旅する自由なライフスタイルを実現しながらオンラインビジネスのスキルで複数の事業を経営する起業家。 ベストセラー作家や著名経営者などの教育プログラムも多数プロデュース。
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